この記事では、健康保険法における移送費を解説しています。
社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。
なお、次の保険給付については、それぞれリンク先の解説をご参照ください。
また、記事中の略語はそれぞれ次の意味で使用しています。
- 法 ⇒ 健康保険法
- 則 ⇒ 健康保険法施行規則
- 保険者 ⇒ 協会けんぽ及び各健康保険組合
- 平成29年12月22日事務連絡 ⇒ 臓器移植に係る療養費及び移送費の取扱いに係るQ&Aの送付について
当記事は条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。詳しくは免責事項をご確認ください。
移送費
移送費は、被保険者の「移送」に係る保険給付として、現金給付の方式で支給されます。
被扶養者の移送については、移送費とは別に「家族移送費」として定められています。
(家族移送費は、被扶養者に係る他の保険給付と合わせて別の記事で解説します)
なお、実務(特に通達や事務連絡で運用されている範囲)につきましては、各保険者における取扱いをご確認ください。

- 被保険者が療養の給付(保険外併用療養費に係る療養を含む)を受けるため、病院又は診療所に移送されたときは、移送費として、厚生労働省令で定めるところにより算定した金額を支給する(法97条1項)
- 移送費は、厚生労働省令で定めるところにより、保険者が必要であると認める場合に限り、支給する(法97条2項)
実質的には①のみならず、②の厚生労働省令(後述します)も移送費の支給要件となっています。
留意事項としては、労災保険と異なり、健康保険の療養の給付に「移送」は含まれません。つまり、「移送費」は療養の給付とは別の保険給付として行われます。
移送費の対象者
移送費の対象となる「移送」は、被保険者の移送です。
また、被保険者が療養の給付(保険外併用療養費に係る療養を含む。以下同じ)を受けるために、病院又は診療所(以下、病院等)に移送される必要があります。
移送先の病院にて臓器移植を受ける患者を例に、移送費の対象となるかを分類すると、次のようになります。
- 国内で臓器移植を受ける患者が療養の給付を受けるため病院等(*)に移送されたときは、直前の②の要件を満たせば移送費の支給対象です(同旨 平成29年12月22日事務連絡)
- 一方、海外での治療は「療養の給付を受けること」に該当しない(*)ため、臓器移植のために海外へ渡航するために利用した航空機等の費用については、移送費は支給されません(前掲事務連絡)
- なお、海外での臓器移植そのものは、海外療養費の対象です(解説はこちら)
(*)療養の給付を受けられる病院等は、保険医療機関等(法63条3項各号)に限られます。
規定と順番は前後しますが、移送費の支給要件(直前の②の厚生労働省令)と、移送費の額(直前の①の厚生労働省令)を解説します。

保険者は、被保険者が療養の給付を受けるために病院等に移送されたとしても、次の①〜③の全てに該当すると認める場合に限り、移送費を支給します(法97条、則81条)
- 移送により健康保険法に基づく適切な療養を受けた
- 移送の原因である疾病又は負傷により移動をすることが著しく困難であった
- 緊急その他やむを得なかった
①及び②のみならず、③も支給要件です。
つまり、通院のように、一時的、緊急的とは認められない場合は、移送費は支給されません(平成6年9月9日保険発119号)
なお、移送費の支給申請には、「移送を必要と認めた理由」を記載した医師(又は歯科医師)の意見書を添付する必要があります。
支給の基準
移送費が支給される標準的な事例としては、通達にて次のケースが示されています(前掲通達)
- 負傷した患者が災害現場等から医療機関に緊急に移送された場合
- 離島等で疾病にかかり、又は負傷し、その症状が重篤であり、かつ、傷病が発生した場所の付近の医療施設では必要な医療が不可能であるか又は著しく困難であるため、必要な医療の提供を受けられる最寄りの医療機関に移送された場合
- 移動困難な患者であって、患者の症状からみて、当該医療機関の設備等では十分な診療ができず、医師の指示により緊急に転院した場合
実際には、個々の事例に応じて、社会通念上妥当な範囲内で保険者が支給の要否を判断します(前掲通達)
- 移送費の支給額は、最も経済的な通常の経路及び方法により移送された場合の費用により算定された金額となります(則80条)
- ただし、現に移送に要した費用の金額は超えられません(則80条)
移送費については、療養費のように、費用を算出してから一部負担金に相当する額を差し引くことはしません。
ちなみに、移送費の支給は、同一の疾病又は負傷について、他の法令の規定により国又は地方公共団体の負担で受けたときは、その限度において、行われません(法55条4項)
移送に要した費用の計算方法としては、次の①~④のような取扱いによるとされています(平成6年9月9日保険発119号)
- 経路については、必要な医療を行える最寄りの医療機関まで、その傷病の状態に応じ最も経済的な経路で算定する。
- 運賃については、その傷病の状態に応じ最も経済的な交通機関の運賃で算定する。
- 医師、看護師等付添人については、医学的管理が必要であったと医師が判断する場合に限り、原則として1人までの交通費を算定する。
- 天災その他やむを得ない事情により、①〜③のような取扱いが困難な場合には、現に要した費用を限度として例外的な取扱いも認められる。
医学的管理の費用、医学的管理を行う者の交通費

(一部負担金の額の特例に該当するケースは考慮しないで解説しています)
留意事項としては、直前の③における「医学的管理」に要する費用そのものについては、診療報酬に係る基準を勘案して評価されます(平成6年9月9日保険発119号)
そのため、患者が上記の「医学的管理に要する費用」を支払った場合は、移送費とは別に、療養費を支給することができます(前掲通達)
つまり、移送中の患者の状態を管理する際の「管理の費用」も移送費(患者に係る運送費 + 管理する人の交通費)に含めて支給するわけではありません。患者が移送中に受けた管理の費用には一部負担金(相当)が生じます。
もちろん、移送先の病院等で受けた療養の給付(手術、入院等)についても一部負担金は生じます。
なお、「臓器等採取を行う医師の派遣に要した費用」及び「臓器等の搬送に要した費用」については、療養費の解説記事(こちら)をご参照ください。
移送費の支給申請

ここからは、移送費を請求する際の手続きを解説します。
移送費の支給を受けようとする者は、一定の事項を記載した申請書(以下、移送費支給申請書)を保険者に提出する必要があります(則82条1項)
移送費支給申請書には、移送経路や移送に要した費用の額等の他に、付添いがあったときは、その付添人の氏名及び住所の記載も必要です(則82条1項5号)
また、疾病又は負傷の原因が第三者の行為によるときは、その事実並びに第三者の氏名及び住所又は居所(氏名又は住所若しくは居所が明らかでないときは、その旨)の記載も必要です(則82条1項7号)
添付書類
移送費支給申請書には、医師又は歯科医師の意見書及び移送に要した費用の額の事実を証する書類を添付する必要があります(則82条2項)
意見書には次に掲げる事項の記載が必要です(則82条2項、3項)
- 移送を必要と認めた理由(付添いがあったときは、併せてその付添いを必要と認めた理由)
- 移送経路、移送方法及び移送年月日
- 診断年月日
- 医師又は歯科医師の氏名
- 保険給付を受ける権利は、これを行使することができる時から2年を経過したときは、時効によって消滅します(法193条)
- 健康保険法又はそれに基づく命令の期間の計算については、民法の期間に関する規定を準用します(法194条)
移送費を請求できる権利は、移送に要した費用を支払った日の翌日から起算して2年を経過したときに、時効によって消滅します(民法第6章を参照)
申出期限の考え方(2年間の計算)は、療養費の解説(こちら)をご参照ください。
解説は以上です。
ここまでの解説を簡単に整理しておきます。試験勉強の参考にしてください。
| 対象者 | 療養の給付を受けるために、病院等に移送された、被保険者 |
| 支給要件 | 次の全てに該当 移送により適切な療養を受けた 疾病又は負傷により移動が著しく困難だった 移送は緊急その他やむを得なかった |
| 算定方法 | 実費の範囲内で、最も経済的な通常の経路及び方法により算出 |
| 付添人の交通費 | 医学的管理が必要と医師が判断した場合に限り、原則として1人まで |
| 主な添付書類 | 医師又は歯科医師の意見書(付添人を必要とした理由を含む) 移送に要した費用の証明書 |
| 時効の起算日 | 移送に要した費用を支払った日の翌日 |
社労士試験では、移送中に医学的管理が行われた(かつ、患者がその医学的管理に要する費用を支払った)ケースについて、「移送費」と「療養費」の範囲を問う出題が繰り返しみられます。
患者の移送中に医学的管理を行うための医師や看護師など(付添人)については、医学的管理を行うために必要な交通費と、医学的管理に係る費用とに分けて、記述の正誤を判定してみてください。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 健康保険法
- 平成6年9月9日保険発119号(健康保険の移送費の支給の取扱いについて)
- 平成29年12月22日事務連絡(臓器移植に係る療養費及び移送費の取扱いに係るQ&Aの送付について)


