この記事では、健康保険法の傷病手当金を解説しています。なお、健康保険組合の付加給付(法53条)は考慮していません。
社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。
記事中の略語はそれぞれ次の意味で使用しています。
- 法 ⇒ 健康保険法
- 則 ⇒ 健康保険法施行規則
- 労災保険法 ⇒ 労働者災害補償保険法
- 安衛法 ⇒ 労働安全衛生法
- 保険者 ⇒ 協会けんぽ及び各健康保険組合
当記事は条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。詳しくは免責事項をご確認ください。
目次 非表示
傷病手当金の仕組み
この記事における「被保険者」は、次の①②を除きます。
- 任意継続被保険者、特例退職被保険者
- 日雇特例被保険者
①については、その資格を取得した日以後に労務不能(例えば、退職後にケガをして、そのケガが原因で就労できない状態)になっても、傷病手当金は支給されません。
ただし、任意継続被保険者については、継続給付としての傷病手当金(法104条)は制度の対象です。
②については、傷病手当金の対象となりますが、支給要件、支給額の計算方法、支給期間は独自の取扱いになっています。
傷病手当金の継続給付(法104条)、日雇特例被保険者に係る傷病手当金は、それぞれ別の記事で解説します。
- 被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金が支給されます(法99条1項)
- 傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給を始めた日から通算して1年6か月間となります(法96条4項)
以降、同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病は、単に「同一の疾病又は負傷」と表記しています。

次の①~③をすべて満たすことが、傷病手当金の支給要件といえます。
- 療養のため
- 労務に服することができない
- 労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した
③の3日間を「待機期間」といいます。
支給要件を満たし保険者に申請すると、支給を始めた日から通算して1年6か月間を上限に、傷病手当金が支給されます。
(①~③の詳細は、それぞれ後述します)

- 傷病手当金は、同一の疾病又は負傷について、労災保険法の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、支給されません(法55条1項)
- 業務上の事由による疾病又は負傷により休業している間に、業務外の事由による疾病又は負傷によっても労務不能となった場合は、労災保険法の規定による休業補償に相当する給付を受けることができるならば、傷病手当金は支給されません(同旨 昭和33年07月08日保険発95号)
- ただし、②の場合において、労災保険法の規定による休業補償に相当する給付が傷病手当金より少ないときは、その差額は傷病手当金として支給されます(同旨 前掲通達)
①のとおり、同一の疾病又は負傷については、労災保険が健康保険に優先します。
②③は行政解釈です(記述としては、②③のように解するのが妥当であるとの表現です)
保険事故は二つでも、重ねての「休業中の生活保障」は行われず、労災保険の保険給付のみ(③を除く)が行われます。
- 原則論としては、傷病手当金(及び出産手当金)についてもその支給は、その都度、行わなければなりません(法56条1項)
- ただし、傷病手当金(及び出産手当金)の支給は、①にかかわらず、毎月一定の期日に行うことができます(法56条2項)
傷病手当金は、療養のため労務に服することができない日を単位に、被保険者の請求に基づいて(その都度)支給されます。
ただし、毎月の支払日にまとめて支給する(振込む)ことも可能となっています。

傷病手当金は、支給要件を満たすと、療養のため労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日(以降)から支給されます(法99条1項)
- 傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷に関しては、その支給を始めた日から通算して1年6か月間とする(法96条4項)
- 傷病手当金は、これを支給した日数の累計日数が①の支給期間(1年6か月間)の日数に達するまで支給する(則84条の3)
傷病手当金は、継続3日間の待期を経て、4日目以降において労務不能に該当している日が支給対象です。
支給期間の「1年6か月間」は、次のように日数に変換します(令和3年12月27日事務連絡)
- 傷病手当金の支給開始日(実際に支給を始めた日)より、暦にしたがって1年6月間の計算を行い、傷病手当金の支給期間を確定させます。
- 支給期間は、傷病手当金の支給単位で減少します。
- 支給期間の途中に傷病手当金が支給されない期間(例えば、回復し職場復帰したなど)があれば、その支給されない期間の日数分は減少しません。
日数への変換

事例形式で解説します。
例えば、令和7年3月1日から3日までの待期期間を経て、令和7年3月4日においても労務不能のケースでは、令和7年3月4日が傷病手当金の支給開始日となり、支給期間は令和8年9月3日まで、つまり日数としては549日間です。
(支給開始日の1年6か月後の応答日の前日に、支給開始日から起算した1年6か月間は満了します)
同一の疾病又は負傷に関しては、支給された日数の合計が549日になった日が支給満了日となります。
長期にわたり治療を続けながら働く人もいるため、通算して1年6か月(分)の支給を受けられる仕組みに改正(令和4年)されました。
制度の仕組みの解説は以上です。
支給要件

ここからは、次の①~③に分けて傷病手当金の支給要件を解説します。
- 療養のため
- 労務に服することができない
- 労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した

傷病手当金の支給要件における「療養のため」とは、次の①だけでなく、②を含むと解されています(同旨 昭和2年2月26日保発345号)
- 保険給付として受ける療養(療養の給付、療養費等)
- 保険給付を伴わない療養(例えば、療養の給付を受けた後の自宅での静養期間、自費診療など)
なお、被保険者の資格取得前の疾病又負傷も、傷病手当金の支給対象です(同旨 昭和26年5月1日保文発1346号)
(傷病手当金には、障害年金のように初診日要件はありません)
②の留意事項としては、健康保険の保険給付を行わないことになっている傷病について自費で手術(美容目的の整形手術など)を受け、その結果として労務に服せないケースは、「傷病手当金は支給すべきでない」と解されています(昭和4年6月29日保理1704号)

つづいて、支給要件のうち、「労務に服することができない(労務不能)」を解説します。
労務不能の判断基準
労務不能の解釈運用については、次のように取り扱われています(平成15年2月25日保保発0225007号)
- 被保険者がその本来の職場における労務に就くことが不可能な場合であっても、現に職場転換その他の措置により就労可能な程度の他の比較的軽微な労務に服し、これによって相当額の報酬を得ているような場合は、労務不能には該当しない。
- 本来の職場における労務に対する代替的性格をもたない副業ないし内職等の労務に従事したり、あるいは傷病手当金の支給があるまでの間、一時的に軽微な他の労務に服することにより、賃金を得るような場合その他これらに準ずる場合には、通常は労務不能に該当する。
①のように、本来の職場における労務に就かなくとも、「労務不能」に該当しないこともあります。
一方、②のように、被保険者が労務を提供し報酬を得ていても、「労務不能」に該当することもあります。
なお、②において傷病手当金が支給されるにしても、報酬を一部でも得ているならば、傷病手当金の額は調整(減額又は支給停止)されます。
このように、「労務不能」に該当するかは、労務の内容、労務の内容との関連におけるその報酬額等を十分検討のうえ判断されます(前掲通達)
本来の労務に就けるか否か
主に「労務の内容」を判断する際の考え方を解説します。
傷病手当金の支給要件である「労務に服することができないとき」は、必ずしも医学的基準によらず、被保険者の従事する業務の種別を顧慮し(事情をくみとって考え)、その本来の業務に堪え得るか否かを標準として、社会通念により保険者が個々の事例を認定します(昭和29年12月9日保文発14236号)
次の場合は、原則として、「労務に服することができないとき」に該当せず、傷病手当金は支給されません(前掲通達)
- 医師の指示や許可のもとに半日出勤し従前の業務に服する場合
- 就業時間を短縮せず配置転換により同一事業所内で本来に比べやや軽い労働に服する場合(直前の①に相当します)
ちなみに、「必ずしも医学的基準によらず」については、保険医は休業を要する程度の傷病でないと判断したものの、遠隔地のため通院するには事実上の休業を必要とするケースに対し、療養のため労務不能と広義に解し傷病手当金を支給してよい とした事例があります(昭和2年5月10日保理2211号)
労務不能を認定する者
保険者からの疑義照会に対し、次の①②のように回答した通達があります(昭和8年2月18日保規35号)
- 保険医(この事例は事業主の工場における工場医)が、将来の病状悪化をおそれて、現在は労務に服しても差し支えない者を休業させたときでも、療養上その症状が休業を要する場合においては、労務不能とみなし、傷病手当金を支給してよい。
- ある保険医(甲)が「労務に服しても差し支えない」とした被保険者に対し、他の保険医である工場医(乙)が「なお休業を要す」と診断したときは、保険者が労務不能と認めるのでなければ支給すべきではない。
①のように、予防的な休業であっても傷病手当金が支給されることもあります。
②については医師の意見が対立したからではなく、保険者が労務不能と認定できないなら支給すべきでないという趣旨です。
医師(又は歯科医師)の意見書については後述します。
併発について

- 一つの疾病又は負傷(A傷病)による傷病手当金の支給期間が満了し、その後も引き続き「労務不能」に該当している間に、既往症との因果関係はない他の傷病(B傷病)を併発したときは、後発の傷病(B傷病)のみで「療養のため労務不能」か否かを判断します(昭和26年7月13日保文発2349号)
- 傷病手当金を受けている期間中に、別の傷病に係る傷病手当金の支給も受けられる場合は、いずれか多い額の傷病手当金が支給されます(則84条の2第7項)
①のとおり、労務不能の判断は傷病ごとに行われます。
ただし、②にあるように、複数の傷病について、それぞれが同時期に支給要件を満たす場合でも、二重の生活保障は受けられません。
なお、②についても、各々の傷病それぞれで傷病手当金が支給される(金額の低い方の傷病手当金は支給されたとみなされる)ため、それらの日数分だけ、各々の傷病に係る支給期間は減少します(令和3年12月27日事務連絡)
傷病手当金は、病気やケガそのものに対する保険ではなく(これらは療養の給付の対象)、病気やケガにより働けなくなったときの生活保障としての保険と考えると、受け入れやすいかもしれません。
病原体の保有者について(感染症について)
病原体保有者に対する健康保険法第1条(法の目的)の適用に関しては、原則として、病原体の撲滅に関し特に療養の必要があると認められる場合は、自覚症状の有無にかかわらず伝染病の病原体を保有することをもって保険事故たる疾病に該当すると解されています(昭和29年10月25日保険発261号)
つまり、自覚症状が無くとも「療養のため」に該当する場合があります。
傷病手当金の支給の有無については、社労士試験では次の①②の通達が出題されています。
- 病原体の保有者が隔離収容等のため労務に服することができないときは、傷病手当金の支給対象となる(前掲通達)
- 安衛法68条の規定により、伝染の恐れのある保菌者(病原体を保有していても症状が出ていない者)に対し事業主が休業を命じたが、症状から労務不能と認められない場合は、傷病手当金は支給しない(昭和25年2月15日保文発320号)
①における隔離収容の文言は現在に合わないため、次の事務連絡(新型コロナウイルス感染症に係る傷病手当金の支給に関するQ&A)も参考にしてください。
被保険者に自覚症状はないものの、検査の結果、「新型コロナウイルス陽性」と判定され、療養のため労務に服することができない場合、傷病手当金の支給対象となり得ます(令和5年4月28日事務連絡)
②は、一定の伝染性の疾病にかかった者(伝染予防の措置をした場合を除く)について、事業者が安衛法に基づいて就業を禁止したケースです。
安衛法の規定は、疾病による労務不能を理由に就業禁止とする趣旨ではなく、伝染病が広まったり、労働者の症状の悪化を防ぐことを目的としています。
なお、安衛法68条による就業禁止をしようとするときは、事業者は、あらかじめ産業医その他専門の医師の意見を聴く必要があります(安衛則61条2項)
「労務不能」の解説は以上です。

傷病手当金は、被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日(以降)から支給されます(法99条1項)
- 待機期間は、療養のため労務不能の状態が3日間継続する必要があります(昭和32年1月31日保発2号)
- 会社の公休日についても、療養のため労務不能の状態であれば継続3日間に含まれます(昭和5年10月13日保発52号)
(労災保険は継続、断続問わず通算3日間ですが、健康保険は継続した3日間に限られます)
なお、同一の疾病又は負傷については、最初に「療養のため労務不能」に該当した場合にのみ待機期間が必要です(昭和2年3月11日保理1085号)
つまり、待機期間の完成後に労務に服した場合(医師の指示の有無を問わない)でも、同一の疾病又は負傷については、再度の待機期間は必要ありません(前掲通達)
| 1日 | 2日 | 3日 | 4日 | 5日 | 6日 |
| 休 | 休 | 休完成 | 休傷手 | 出勤 | 休傷手 |
| 公 | 公 | 休完成 | 出勤 | 休傷手 | 休傷手 |
| 休 | 出勤 | 休 | 有給 | 公完成 | 休傷手 |
継続3日の待機が完了し4日目に就業した場合も、待機期間は完成です。
就業した場合の起算日

就業した日に労務不能となった場合の起算日は、次の取扱いとなります(昭和5年10月13日保発52号)
- 当日の就業時間中に業務外の事由により療養のため労務不能となったときは、就業日当日から起算します。
- 当日の就業時間後に療養のため労務不能の状態となったときは、就業日の翌日から起算します。
上段のケースは、原則(法99条1項)どおり当日起算です。なお、業務上の事由による疾病又は負傷であれば健康保険でなく、労災保険の対象です。
下段のケースは、その日はすでに仕事を完了した(労務が可能な日だった)ため、翌日起算となります。
傷病手当金の支給要件については以上です。
支給額
つづいて、傷病手当金の支給額を解説します。
支給額の計算方法としては、大きくは次の二つに分類されます。
- 過去1年間に標準報酬月額が12か月ある場合
- 過去1年間に標準報酬月額が12か月ない場合
過去1年間は、傷病手当金を支給する都度ではなく、「傷病手当金の支給を始める日の属する月以前」の1年間です。
標準報酬月額(*1)(*2)は、被保険者が現に属する保険者等(*3)により定められたものに限ります(法99条2項)
また、過去1年間に「被保険者が現に属する保険者の任意継続被保険者」としての期間が含まれるときは、当該期間の標準報酬月額を含みます(則84条の2第5項)
標準報酬月額の定義は、以降の解説においても同じです。
(*1)(*2)(*3)はかなり細かい論点となるため、下のタブに格納しておきます。
(*1)健保組合の合併、分割により存続する健保組合が相手の組合の権利義務を承継したときや、解散した健保組合の権利義務を協会けんぽが承継したときは、消滅又は分割後存続する健保組合が定めた標準報酬月額を含みます(則84条の2第2項~4項)
(*2)同一の月において二つ以上の標準報酬月額が定められた月があるときは、当該月の標準報酬月額は直近のもの(傷病手当金の支給を始める日以前に定められたものに限る)となります(則84条の2第6項)
(*3)保険者等とは、協会管掌の健康保険は厚生労働大臣、組合管掌の健康保険は各健康保険組合をいいます(法39条)。協会けんぽの被保険者の標準報酬月額は、厚生労働大臣(実務上は年金機構)が定めるため、「保険者」ではなく「保険者等」となります。

1日あたりの傷病手当金の金額は、次の①~③の順で計算します(端数処理の関係上、実際の①②は一つの計算式です)
- 「過去1年間の標準報酬月額の合計 ÷ 12」で1か月あたりの報酬を算出する(月収に相当)
- 「①で算出した額 ÷ 30」で1日あたりの報酬を算出する(日給に相当)
- 「②で算出した額 × ⅔」が1日あたりの支給額となる(日給の⅔に相当)
入社して1年未満の場合など、直近の1年間に標準報酬月額が12か月ないときは、次の上段と下段のうち少ない額が①となります。
- 「過去1年間のうち、直近の継続した期間における標準報酬月額の合計 ÷ その月数」
- 「前年度の9/30における全被保険者の9月の標準報酬月額」を平均して、その平均額から算出した標準報酬月額
下段における前年度は、「傷病手当金の支給開始日の属する年度」の前年度です。
全体像の解説をふまえて、規定ベースで読んでみてください。
直近1年間に標準報酬月額が12か月ある場合(法99条2項本文)

傷病手当金の額は、1日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額(*4)の3分の2に相当する金額(*5)とする。
直近の1年間に標準報酬月額が12か月ない場合(法99条2項ただし書)

傷病手当金の額は、1日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した期間において標準報酬月額が定められている月が12か月に満たない場合にあっては、次の①②の額のうちいずれか少ない額の3分の2に相当する金額(*5)とする
- 傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額(*4)
- 傷病手当金の支給を始める日の属する年度の前年度の9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額を標準報酬月額の基礎となる報酬月額とみなしたときの標準報酬月額の30分の1に相当する額(*4)
端数処理
(*4)(*5)は直近1年間における標準報酬月額の月数にかかわらず共通です。
- 30分の1の端数処理
(*4)その額に、5円未満の端数があるときは、これを切り捨て、5円以上10円未満の端数があるときは、これを10円に切り上げる。 - ⅔の端数処理
(*5)その金額に、50銭未満の端数があるときは、これを切り捨て、50銭以上1円未満の端数があるときは、これを1円に切り上げる。
傷病手当金の支給額は、ここまで解説した方法で計算します。
ただし、次のいずれかに該当すると、傷病手当金は支給されなかったり、減額されます(法103条、108条)
- 出産手当金が支給される
- 報酬の全部又は一部を受けることができる
- 同一の疾病又は負傷につき障害厚生年金の支給を受けることができる
- 同一の疾病又は負傷につき障害手当金の支給を受けることができる
労災保険法の給付との調整は、前述の解説(労災保険との関係)をご覧ください。
傷病手当金の調整は、別の記事で解説します。
また、保険給付の制限(給付事由を生じさせた理由が、被保険者の故意や、闘争、泥酔であった等)も別の記事で解説します。

同一の傷病に係る傷病手当金の支給申請を複数回(例えば1か月ごとに)行う場合、初回の申請内容に基づき「支給を始める日」が定められ、傷病手当金の額も固定されます(令和3年12月27日事務連絡)
つまり、2回目以降の支給申請については、原則として、傷病手当金の額を再度算定する必要はありません。
例外としては、傷病手当金の支給を始めた日(支給開始日)より前の期間について、同一の傷病に係る傷病手当金を事後的に遡って申請する場合は、傷病手当金の額や支給期間の再計算が必要となります。
例外の解説は、下のタブに格納しておきます。
令和3年12月27日事務連絡からの解説です。
このタブ内の「支給開始日」とは「傷病手当金の支給を始めた日」をいいます。
- 再計算は不要
支給開始日より後の期間について支給申請があった場合には、当該支給開始日は変更されず、支給期間及び支給額も変更されません。 - 再計算が必要
支給開始日より前の期間について支給申請があった場合には、当該支給開始日は変更され、支給期間及び支給額も変更されます。
事例形式にすると読みやすいかもしれません。
なお、傷病手当金の支給申請が遡る場合は、請求権の消滅時効(2年)は到来していない前提で解説します。
再計算は不要なケース

- 期間A(1年間)、期間B(5か月間)、期間C(15日間)の支給を完了(支給可能な日数は残り15日)
- ①の後、期間D(期間Bと期間Cとの間における30日間)について、支給申請があった。
このケースは、期間Aの先頭(支給開始日)から起算し、期間B・Cの順に通算した上で、1年6か月間を超えない範囲で期間Dについての支給決定を行います。
具体的には、次の取扱いとなります。
- 期間Dのうち前半の15日間は傷病手当金が支給されます。
- 期間Dのうち通算して1年6か月間を超える期間(後半の15日間)は、不支給となります。
つまり、傷病手当金の支給開始日とは、期間A、B、C、Dのそれぞれの初日ではなく、同一の疾病又は負傷に係る傷病手当金(期間A、B、C、Dを一つにしたもの)について、初めて「支給を始めた日」を意味します。
再計算が必要なケース

- 期間A(1年間)、期間B(5か月間)、期間C(15日間)の支給を完了(支給可能な日数は残り15日)
- ①の後、期間D(期間Aより前の30日間)について、支給申請があった。
①の設定は再計算が不要なケースと同じです。
今回のケースは、期間A・B・Cに係る傷病手当金の支給決定を取り消した上で、期間Dの先頭を新たな支給開始日として支給決定し直します。
具体的には、次の取扱いとなります。
- 期間Dの先頭を支給開始日として支給期間及び支給額(日額)を再計算します。
- 期間Dの先頭から起算し、期間A・B・Cの順に通算した上で、通算して1年6か月間を超える期間(期間C)については、不支給とします。
保険給付の内容は以上です。
傷病手当金の支給申請
以降は、傷病手当金を請求する際の手続きを解説します。
申請書の様式は「協会けんぽ」を想定しているため、健保組合の申請書については各保険者にご確認ください。
- 傷病手当金の支給を受けようとする者は、一定の事項を記載した申請書(傷病手当金支給申請書)を保険者に提出する必要があります(則84条1項)
- ①の申請書には、同一の疾病又は負傷について、労働者災害補償保険法、国家公務員災害補償法又は地方公務員災害補償法若しくは同法に基づく条例の規定により、傷病手当金に相当する給付を受け、又は受けようとする場合、その旨の記載が必要です(則84条1項10号)
- ①の申請書には添付書類が必要です(則84条2項ほか)
相続人が請求する場合
被保険者が死亡した場合は、死亡日の分まで傷病手当金を請求できます。
(資格喪失日は死亡日の翌日です)
未だ支給されていない保険給付(未支給の保険給付)については、健康保険法には特別の規定(権利を得る者の順位など)が設けられていません。
そのため、未支給の傷病手当金は、民法の規定により相続人が権利を取得します(昭和2年2月18日保理719号)

主な添付書類としては、次の①②があります(則84条2項)
- 医師又は歯科医師の意見書
- 事業主の証明書
規定(則84条2項)には、①②の書類を「添付しなければならない」とあります。
ただし、「絶対に添付しなければならない」かというと、絶対ではありません(申請書に記載を受ける場合など)
試験問題を解く際は「規定そのもの」を問われているのか、「個々の事例における添付の必要性」を問われているのかを判断してください。
なお、①②以外の書類の添付が必要な場合(相続人が請求する場合など)もあるため、実務上の疑義は各保険者にご確認ください。
医師又は歯科医師の意見書
傷病手当金の申請についての医師又は歯科医師の意見書の記載事項は、次のとおりです(則84条2項1号)
- 被保険者の疾病又は負傷の発生した年月日、原因、主症状、経過の概要
- 労務に服することができなかった期間
意見書には、これを証する医師又は歯科医師において診断年月日及び氏名を記載します(則84条3項)
協会けんぽの申請書には、療養担当者が意見を記入するページがあります。
申請書に記載を受けたときは、意見書として書類を別に添付する必要はありません(則110条)
傷病手当金についての意見書交付料(労務不能と認め証明した期間ごとに算定可能)は、保険給付つまり原則3割負担の対象です(昭和60年3月29日保険発27号、診療報酬点数表B012)
事業主の証明書
傷病手当金の申請について事業主が証明する事項は、次のとおりです(則84条2項2号)
- 労務に服することができなかった期間
- 被保険者が報酬の全部又は一部を受けることができるときは、その報酬の額及び期間
- 傷病手当金と報酬等との調整が行われる者が、その受けるはずだった報酬の全部又は一部を受けられなかったときは、受けるはずだった金額や受けられなかった金額等
協会けんぽの申請書には、事業主の証明を記載するページがあります。
申請書に記載を受けたときは、証明書として書類を別に添付する必要はありません(則110条)
ちなみに、申請書には次のように記載します。
- ①については、労務不能の証明ではなく、出勤した日付(有給休暇を取得した日、公休日は含まない)を記載します。
- ②③については、出勤していない日に対して支給した報酬(有給休暇の賃金、出勤の有無にかかわらず支給された手当、食事や住宅等の現物給与を含む)があれば、支給した期間に応じて記載します。
事業主は、保険給付を受けようとする者から健康保険法施行規則の規定により証明書を求められたとき、又は申請書に証明の記載を求められたときは、正当な理由がなければ拒むことができません(則33条)
次の取扱いを解説します。
- 産業医の意見
- 柔道整復師の意見書
産業医の意見の取扱い
傷病手当金の申請について、被保険者から産業医の意見が提出された場合の取扱いです(平成26年9月1日事務連絡)
- 意見書を作成する医師等は、被保険者の主症状、経過の概要等を記載することになるため、被保険者が診療を受けている医師等である必要がある。
- したがって、被保険者が診療を受けている医師が企業内で当該被保険者の診療を行う産業医であれば、当該産業医が意見書を作成しても差し支えない。
- なお、産業医が意見書の作成に当たって企業内で被保険者の診療を行う場合には、医療法第1条の2、第7条及び第8条の規定に基づき、企業内に診療所等の開設がなされている必要がある。
- 被保険者が、診療を受けている医師等から労務不能であるとの意見を得られなかった場合、当該医師等とは別の産業医に対し、労働者としての立場で就業についての意見を求め、意見を求められた当該産業医が任意に作成した書類を保険者に提出することは差し支えない。この場合、則84条に規定する医師等の意見書には、労務不能と認められない疾病又は負傷に係る意見の記載を求めること。
①~③のとおり、産業医が主治医として意見書を作成できるケースは限定されます。
④について傷病手当金を支給するか(労務不能に該当するか)は、双方の意見を参酌して最終的には保険者が判断します。
柔道整復師の意見書
柔道整復師の施術を受けた場合の意見書の取扱いです(昭和25年1月17日保文発72号)
- 打撲、捻挫のように医師の同意を必要としない施術については、傷病手当金の申請書に施術を担当した柔道整復師の意見書を添付すれば足りる。
- 骨折、脱臼(その施術が絶対に禁止されている骨折脱臼を除く)に対し、医師の同意を得て柔道整復師が施術した場合は、①と同様に、柔道整復師の意見書を添付すればよい。
同じ骨折等に対し、医師から「療養の給付」として手当を受けた場合は「医師の意見書を添付したから傷病手当金を支給する」とし、柔道整復師から施術を受けその後「療養費」が支給される場合は「医師の意見書でないから支給しない」と扱うならば、著しい不公平が生じるでしょう。
ちなみに、柔道整復師は、傷病手当金を受けるために必要な意見書の交付を患者から求められたときは、無償で交付するよう求められています(平成22年5月24日保発0524第2号)

- 保険給付を受ける権利は、これを行使することができる時から2年を経過したときは、時効によって消滅します(法193条)
- 健康保険法又はそれに基づく命令の期間の計算については、民法の期間に関する規定を準用します(法194条)
傷病手当金は、待機期間の完成後の(療養のため)労務不能であった日ごとに請求権が発生し、当該請求権に基づき支給されます。
そのため、傷病手当金を請求できる権利は、労務不能であった日ごとにその翌日から起算して2年を経過したときに、時効によって消滅します(昭和30年9月7日保険発199号の2)
申出期限の考え方(2年間の計算)は、療養費の解説(こちら)をご参照ください。
「支給を始める日」と「支給を始めた日」
ここまでの解説を踏まえての、最後の解説(ラスボス)です。
- 傷病手当金の額は、1日につき、傷病手当金の「支給を始める日」の属する月以前の直近の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額の3分の2に相当する金額とする(法99条2項本文)
- 傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷に関しては、その「支給を始めた日」から通算して1年6か月間とする(法96条4項)
①傷病手当金の額は、傷病手当金の「支給を始める日」を基準に、日給相当の⅔を計算します(12か月未満のケースは当記事の解説をご参照ください)
②傷病手当金の支給期間は、傷病手当金の「支給を始めた日」を基準に、暦にしたがって1年6月間を確定させます。
一部の期間について請求権が時効消滅しているケースでは、①「支給を始める日」と②「支給を始めた日」の具体的な日付が問題となります。

例えば、継続3日の待機を経て、令和5年9月1日から令和5年9月30日まで引き続き労務不能に該当するものの、令和7年9月15日に傷病手当金の請求があったとしましょう。
上記の例では、令和5年9月1日から9月14日までの期間については、請求権の消滅時効が完成しているため、傷病手当金は支給されません。
一方、令和5年9月15日から9月30日までの期間については、請求権が消滅していないため、傷病手当金が支給されます(傷病手当金について報酬等との調整はないものとします)
上記の例においては、令和5年9月1日を「支給を始める日」として傷病手当金の支給額を算定するとともに、令和5年9月15日を「支給を始めた日」として総支給日数(1年6か月)を算定し、同月15日から30日までの分を支給することになります(同旨 令和3年12月27日事務連絡)
つまり、傷病手当金の「支給を始める日」の判定に当たっては、時効の完成は考慮せず、待期期間を経て4日目以降の支給申請日(4日目以降で支給要件を初めて満たした日)が基準日(支給を始める日)となります(同旨 前掲事務連絡)
一方、傷病手当金の「支給を始めた日」は、時効の完成を考慮して、初めて「実際に支給を始めた日」となります。
解説は以上です。
細かい論点を多数解説したため、基本事項(一番大事な部分)をまとめておきます。
- 被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。
- 傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷(及びこれにより発した疾病)に関しては、その支給を始めた日から通算して1年6月間とする。
- 傷病手当金は、これを支給した日数の累計日数が支給期間の日数に達するまで支給する。
- 傷病手当金の額は、1日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額の3分の2に相当する金額とする。
- 傷病手当金の額は、1日につき、傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した期間において標準報酬月額が定められている月が12月に満たない場合にあっては、次に掲げる額のうちいずれか少ない額の3分の2に相当する金額とする。
- 傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額
- 傷病手当金の支給を始める日の属する年度の前年度の9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額を標準報酬月額の基礎となる報酬月額とみなしたときの標準報酬月額の30分の1に相当する額
傷病手当金は、同一の疾病又は負傷につき、継続3日の待機を経て、4日目以降の日から、実際に支給を始めた日から通算して1年6か月間に達するまで、療養のため労務不能となった日ごとに支給します。
なお、傷病手当金の額は、その支給を始める日を基準に計算し、確定させます。
また、傷病手当金の支給期間は、初めて実際に支給を始めた日から暦にしたがって1年6か月間を計算し、その期間を日数に変換して確定させます。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 健康保険法
- 昭和33年7月8日保険発95号(労働者災害補償保険法による休業補償費と健康保険法による傷病手当金との併給について)
- 令和3年12月27日事務連絡(全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律による健康保険法及び船員保険法改正内容の一部に関するQ&Aの内容の追加等について)
- 昭和2年2月26日保発345号(法第四十五条ノ「療養ノ為」ノ意義ニ関スル件)
- 昭和26年5月1日保文発1346号(健康保険、厚生年金保険給付について)
- 昭和4年6月29日保理1704号(険事故タル疾病ノ範囲ニ属セサル疾病ノ手術ヲ為シタル為労務ニ服シ能ハサリシ者ニ対スル傷病手当金ニ関スル件)
- 平成15年2月25日保保発0225007号(資格喪失後の継続給付に係る関係通知の廃止及び「健康保険法第98条第1項及び第99条第1項の規定の解釈運用」について)
- 昭和29年12月9日保文発14236号(傷病手当金の支給について)
- 昭和8年2月18日保規35号(傷病手当金ノ支給ニ関スル件)
- 昭和26年7月13日保文発2349号(傷病手当金の支給について)
- 昭和29年10月25日保険発261号(病原体保有者に対する傷病手当金の支給について)
- 令和5年4月28日事務連絡(「新型コロナウイルス感染症に係る傷病手当金の支給に関するQ&A」の改訂について)
- 昭和32年1月31日保発2号(傷病手当金の支給について)
- 昭和5年10月13日保発52号(傷病手当金ノ支給ニ関スル件)
- 昭和2年3月11日保理1085号(法第四十五条ノ待期ニ関スル件)
- 昭和2年2月18日保理719号(保険給付ヲ受クル権利ノ承継者ニ於テ為ス保険給付ノ請求ニ関スル件)
- 昭和60年3月29日保険発27号(傷病手当金意見書交付料の算定の取扱いについて)
- 平成26年9月1日事務連絡(傷病手当金の支給に係る産業医の意見の取扱いについて)
- 昭和25年1月17日保文発72号(健康保険傷病手当金請求書の疑義について)
- 昭和30年9月7日保険発199号の2(傷病手当金及び出産手当金の請求権消滅時効の起算日について)
厚生労働省ホームページ|柔道整復師の施術に係る療養費の改定等についてより|
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/iryouhoken13/01-01.html
- 平成22年5月24日保発0524第2号(柔道整復師の施術に係る療養費について)

