この記事では、健康保険法の出産手当金を解説しています。
社会保険労務士試験の独学、労務管理担当者の勉強などに役立てれば嬉しいです。
記事中の略語はそれぞれ次の意味で使用しています。
- 法 ⇒ 健康保険法
- 則 ⇒ 健康保険法施行規則
- 保険者 ⇒ 協会けんぽ及び各健康保険組合
当記事は条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。詳しくは免責事項をご確認ください。
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出産手当金の仕組み
この記事における「被保険者」は、次の①②を除きます。
- 任意継続被保険者、特例退職被保険者
- 日雇特例被保険者
①については、その資格を取得した日以後に出産した場合でも、出産手当金は支給されません。
ただし、継続給付としての出産手当金(法104条)は制度の対象です(規定上は特例退職被保険者も同様です)
②については、出産手当金の対象となりますが、支給要件、支給額の計算方法は独自の取扱いになっています。
出産手当金の継続給付(法104条)、日雇特例被保険者に係る出産手当金は、それぞれ別の記事で解説します。

被保険者が出産したときは、出産の日(*1)以前42日(*2)から出産の日後56日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する(法102条1項)
(*1)出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日
(*2)多胎妊娠の場合は98日。以降の解説において同じ。
「出産」については、理由を問わず妊娠4か月以上(85日以後)の分娩が対象です(詳しくはこちらで解説しています)
出産手当金には、傷病手当金のような待機期間は必要ありません。
- 「産前」の期間
出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前42日 - 「産後」の期間
出産の日後56日
「出産の日」当日は、「以前42日」に含まれます。
ちなみに、42日 + 56日 = 98日です。多胎の日数を忘れた際は、足してみてください。
出産手当金は、「産前」「産後」のうち労務に服さなかった日(期間)を単位に支給されます。
「産前」と「産後」の計算

「産前」「産後」それぞれの期間の数え方は、労基法と健康保険法とでほぼ同じです。ただし、イコールではありません。
- 労基法65条の産前休業は、常に「出産予定日」を基準に6週(多胎の場合は14週)遡った日からスタートし、出産の日までとなります。
- 健康保険法の産前は、「出産予定日」以前に出産した場合は「出産の日」を、「出産予定日」より遅く出産した場合は「出産予定日」を基準に42日遡った日からスタートし、出産の日までとなります。
- 労基法の「産後休業」と健康保険法の「産後」については、どちらも「出産の日」の翌日以後の56日(8週)間となります。
①については、出産が予定より早まると42日より短くなります。なお、産前休業は、女性が使用者に就業禁止を請求する制度のため、出産する前(出産予定日を基準)に6週間を数えるしかありません。
②については、「出産予定日」「出産日」いずれか早い日を基準とするため、42日より短縮されません。
この記事の「産前産後」は、健康保険法の「産前」及び「産後」の意味で使用しています。
出産手当金は、「産前産後」のうち「労務に服さなかった」期間に対して支給されます。
傷病手当金のように、労務に服することができなくなった状態(労務不能)に該当する必要はありません(昭和8年8月28日保発539号)
また、産前産後休業を終了した際の改定(法43条の3)のように、「労務に服さないこと」は「妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合」に限定されません。
法律の解釈は置いておいて、出産手当金の支給要件(法102条)に「産前産後休業」とは規定されていません。
なお、産前産後休業を終了した際の改定(法43条の3)には「産前産後休業」と明記されています。
法43条の3第1項(産前産後休業を終了した際の改定)
保険者等は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)をいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を…(以下省略)
法102条1項(出産手当金)
被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
出産手当金の額の計算には、傷病手当金の規定が準用されています。
- 標準報酬月額(*3)(*4)は、被保険者が現に属する保険者等(*5)により定められたものに限ります(法99条2項)
- 直近1年間に「被保険者が現に属する保険者の任意継続被保険者」としての期間が含まれるときは、当該期間の標準報酬月額を含みます(則84条の2第5項)
(*3)(*4)(*5)はかなり細かい論点となるため、下のタブに格納しておきます。
則84条の2第1項から第6項までの規定は、出産手当金の額の算定について準用されています(則87条の2)
(*3)健保組合の合併、分割により存続する健保組合が相手の組合の権利義務を承継したときや、解散した健保組合の権利義務を協会けんぽが承継したときは、消滅又は分割後存続する健保組合が定めた標準報酬月額を含みます(則84条の2第2項~4項)
(*4)同一の月において二つ以上の標準報酬月額が定められた月があるときは、当該月の標準報酬月額は直近のもの(傷病手当金の支給を始める日以前に定められたものに限る)となります(則84条の2第6項)
(*5)保険者等とは、協会管掌の健康保険は厚生労働大臣、組合管掌の健康保険は各健康保険組合をいいます(法39条)。協会けんぽの被保険者の標準報酬月額は、厚生労働大臣(実務上は年金機構)が定めるため、「保険者」ではなく「保険者等」となります。
標準報酬月額の定義は、以降の解説においても同じです。
直近1年間に標準報酬月額が12か月ある場合(法99条2項本文)

出産手当金の額は、1日につき、出産手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額(*6)の3分の2に相当する金額(*7)とする。
直近の1年間に標準報酬月額が12か月ない場合(法99条2項ただし書)

出産手当金の額は、1日につき、出産手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した期間において標準報酬月額が定められている月が12か月に満たない場合にあっては、次の①②の額のうちいずれか少ない額の3分の2に相当する金額(*7)とする
- 出産手当金の支給を始める日の属する月以前の直近の継続した各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1に相当する額(*6)
- 出産手当金の支給を始める日の属する年度の前年度の9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額を標準報酬月額の基礎となる報酬月額とみなしたときの標準報酬月額の30分の1に相当する額(*6)
端数処理
(*6)(*7)は直近1年間における標準報酬月額の月数にかかわらず共通です。
- 30分の1の端数処理
(*6)その額に、5円未満の端数があるときは、これを切り捨て、5円以上10円未満の端数があるときは、これを10円に切り上げる。 - ⅔の端数処理
(*7)その金額に、50銭未満の端数があるときは、これを切り捨て、50銭以上1円未満の端数があるときは、これを1円に切り上げる。
はじめに、結論です。
(▲はマイナス記号の意味で使用しています)
- 出産手当金と報酬との調整は、「出産手当金▲報酬」を差額としての出産手当金として支給する。
- 傷病手当金と出産手当金との調整は、「出産手当金」を満額支給し、「傷病手当金▲出産手当金」を差額としての傷病手当金として支給する。
- 傷病手当金と出産手当金と報酬との調整は、「差額としての出産手当金」と「差額としての傷病手当金」を支給する。
なお、傷病手当金と同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病について、障害厚生年金又は障害手当金の支給を受けられない(法108条3項又は4項に該当しない)前提で解説します。
報酬との調整

- 出産した場合において報酬の全部又は一部を受けることができる者に対しては、これを受けることができる期間は、出産手当金を支給しない(法108条2項本文)
- ただし、その受けることができる報酬の額が、出産手当金の額より少ないときは、その差額を支給する(法108条2項ただし書)
産前産後において「労務に服さなかった」期間に対して、有給休暇を取得したり、住宅手当などが支給される場合は、出産手当金が減額されます。
なお、健康保険法における「報酬」に含まれるならば、現物給与(社宅、食事など)を受けられる場合も減額の対象です(昭和4年4月23日保発213号)
現物給与を含めて「標準報酬月額」が決定され、その標準報酬月額に基づいて「出産手当金」の支給額が決定されます。
そのため、現に受ける「現物」と出産手当金に含まれる「現物に相当する金額」とを二重に受けることはできません(同旨 前掲通達)
傷病手当金の調整

産前産後において「労務に服さなかった」期間に、疾病又は負傷により「療養のため労務不能となった」場合は、出産手当金と傷病手当金の支給要件を同時期に満たすこともあり得ます。
- 出産手当金を支給する場合は、その期間、傷病手当金は支給しない(法103条1項本文)
- ただし、その受けることができる出産手当金の額(*8)が、傷病手当金の額より少ないときは、その差額を傷病手当金として支給する(法103条1項ただし書)
- 出産手当金を支給すべき場合において傷病手当金が支払われたときは、その支払われた傷病手当金(②により支払われたものを除く)は、出産手当金の内払とみなす(法103条2項)
(*8)出産手当金が報酬と調整される場合は、報酬を差し引く前の出産手当金
①③のとおり、出産手当金と傷病手当金とが競合する場合は、「出産手当金が優先」です。
ただし、傷病手当金の金額がより高い場合は、「出産手当金」とは別に②「差額としての傷病手当金」が支給されます。
- 原則論としては、出産手当金(及び傷病手当金)についてもその支給は、その都度、行わなければなりません(法56条1項)
- ただし、出産手当金(及び傷病手当金)の支給は、①にかかわらず、毎月一定の期日に行うことができます(法56条2項)
出産手当金は、産前産後において労務に服さなかった日を単位に、被保険者の請求に基づいて(その都度)支給されます。
ただし、毎月の支払日にまとめて支給する(振込む)ことも可能となっています。
保険給付の内容は以上です。
出産手当金の支給申請
以降は、出産手当金を請求する際の手続きを解説します。
申請書の様式は「協会けんぽ」を想定しているため、健保組合の申請書については各保険者にご確認ください。

- 出産手当金の支給を受けようとする者は、一定の事項を記載した申請書(出産手当金支給申請書)を保険者に提出する必要があります(則87条1項)
- ①の申請書には添付書類が必要です(則87条2項)
法102条には「被保険者が出産したとき」とありますが、産前であっても出産手当金を請求できます。
また、「産前」「産後」に分けるなど、複数回の申請も可能です。
申請書の記載事項は、申請の時期が「出産前」か「出産後」かで次のように分かれます(則87条1項2号)
- 出産前の場合においては出産の予定年月日
- 出産後の場合においては出産の年月日(出産の日が出産の予定日後のときは、出産の予定年月日及び出産の年月日)
(他の記載事項は省略します)
支給期間の解説のとおり、「産前」は、出産の日又は出産予定日いずれか早い日を基準に42日遡った日からスタートします。
なお、どのように申請するにせよ、労務に服さなかった日は、予定ではなく「服さなかった」必要があります。
相続人が請求する場合
被保険者が死亡したときに未だ支給されていない保険給付(未支給の保険給付)については、健康保険法には特別の規定(権利を得る者の順位など)が設けられていません。
そのため、未支給の出産手当金は、民法の規定により相続人が権利を取得します(昭和2年2月18日保理719号)

(これら以外にも添付書類を要するケースもあるため、実務については各保険者の取扱いをご確認ください)
出産手当金支給申請書の主な添付書類としては、次の①②③があります(則87条2項)
- 出産の予定年月日に関する医師又は助産師の意見書
- 多胎妊娠の場合にあっては、その旨の医師の証明書
- 労務に服さなかった期間に関する事業主の証明書
なお、出産手当金支給申請書に①~③の記載を受けたときは、書類を別に添付する必要はありません(則110条)
①の意見書には、これを証する医師又は助産師において診断年月日及び氏名を記載します(則87条4項)
①の意見書②の証明書が外国語で作成されているときは、その書類に日本語の翻訳文を添付する必要があります(則87条6項)
(海外での出産は、出産育児一時金についても制度の対象です。)
ちなみに、同一の出産について引き続き出産手当金の支給を申請する場合においては、その申請書に①の意見書及び②の証明書を添付する必要はありません(則87条5項)
つまり、③の事業主の証明書については、申請ごとに添付(記載)が必要です。
- 保険給付を受ける権利は、これを行使することができる時から2年を経過したときは、時効によって消滅します(法193条)
- 健康保険法又はそれに基づく命令の期間の計算については、民法の期間に関する規定を準用します(法194条)
出産手当金は、産前産後において「労務に服さなかった日」ごとに請求権が発生し、当該請求権に基づき支給されます。
そのため、出産手当金を請求できる権利は、労務に服さなかった日ごとにその翌日から起算して2年を経過したときに、時効によって消滅します(昭和30年9月7日保険発199号の2)
申出期限の考え方(2年間の計算)は、療養費の解説(こちら)をご参照ください。
解説は以上です。
出産手当金と傷病手当金との比較は、下表にまとめておきます。
| 項目 | 出産手当金 | 傷病手当金 |
| 休業 | 労務に服さなかった | 療養のため労務不能 |
| 待機 | なし | 継続3日 |
| 支給額(原則) | 直近1年の標月の平均 ÷ 30 × ⅔ | 同左 |
| 支給期間 | 産前42日(98日)、産後56日 | 通算1年6か月間 |
| 時効の起算日 | 労務に服さなかった日ごとにその翌日 | 労務不能であった日ごとにその翌日 |
労基法65条(産後休業・産後休業)については、こちらの記事で解説しています。
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 健康保険法
- 昭和8年8月28日保発539号(健康保険法第五十条第二項ノ「労務ニ服セサリシ期間」ノ意義ニ関スル件)
- 昭和4年4月23日保発213号(傷病手当金又ハ出産手当金等ノ支給ニ関スル件)
- 昭和2年3月11日保理1085号(法第四十五条ノ待期ニ関スル件)
- 昭和30年9月7日保険発199号の2(傷病手当金及び出産手当金の請求権消滅時効の起算日について)

