この記事では次の制度を解説しています。
- 日雇特例被保険者に係る保険給付との調整
- 他の法令による給付との調整
- 第三者行為に伴う損害賠償請求権
- 不正利得の徴収・返還
以降、③及び④の解説を除き、「被保険者」に日雇特例被保険者は含みません。
また、記事中の略語はそれぞれ次の意味で使用しています。
- 法 ⇒ 健康保険法
- 則 ⇒ 健康保険法施行規則
- 保険者 ⇒ 協会けんぽ及び各健康保険組合
当記事は条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しております。ただし、厳密な表現と異なる部分もございます。詳しくは免責事項をご確認ください。
日雇特例被保険者に係る保険給付との調整
加工前の条文そのものの掲載は省略しています。
下表の被保険者の「被扶養者」欄の保険給付は、同一の疾病、負傷、死亡又は出産について、下表の「日雇特例被保険者」欄の保険給付を受けたときは、その限度において、行わない(法54条)
| 被扶養者 | 日雇特例被保険者 |
| 家族療養費 | 療養の給付 入院時食事療養費 入院時生活療養費 保険外併用療養費 療養費 |
| 家族訪問看護療養費 | 訪問看護療養費 |
| 家族移送費 | 移送費 |
| 家族埋葬料 | 埋葬料 |
| 家族出産育児一時金 | 出産育児一時金 |
日雇特例被保険者に係る保険給付は、別の記事で解説する予定です。
参考|給付の優先順位
保険給付の調整方法は、次の2パターンあります。
- Aは、Bを受けたときは、その限度において、行わない(法54条、法55条4項)
- Aは、Bを受けることができる場合には、行わない(法55条1項、3項)
①については、Bを受けない範囲で「A」を選択できます。
②については、Bを受けることができるならば、「Bを優先」するため「A」は選択できません。
(一般の被扶養者と日雇との調整、健保と公費との調整は①です。健保と労災との調整、健保と介護との調整は②です)
いずれにせよ、日雇特例被保険者に限らず、同一の保険事故に対して「二重の給付」は受けられません。
他の法令による給付との調整
つづいて、労災保険、介護保険、公費負担との調整です。

次の法律を総称して「労災保険法等」と表記しています。
- 労働者災害補償保険法
- 国家公務員災害補償法
- 地方公務員災害補償法(同法に基づく条例を含む)
被保険者に係る次の保険給付は、同一の疾病、負傷又は死亡について、労災保険法等の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない(法55条1項)
- 療養の給付、入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費
- 訪問看護療養費
- 移送費
- 傷病手当金
- 埋葬料
- 家族療養費、家族訪問看護療養費、家族移送費、家族埋葬料
保険者は、傷病手当金の支給を行うために必要があるときは、労災保険法等の規定により給付を行う者に対し、当該給付の支給状況につき、必要な資料の提供を求めることができる(法55条2項)
労災保険法等の給付を受けることができる場合は、被扶養者に関する保険給付を含めて、健康保険の保険給付は行われません。
(保険給付の申請は後述します)
ただし、出産に関する保険給付、高額療養費(介護合算を含む)は、労災保険法等と競合しないため調整の対象外です。
通勤災害

労災保険の給付には、「通勤災害」に関する保険給付も含まれます。
なお、労災保険の暫定任意適用事業(昭和47年政令47号17条)に使用される被保険者については、次の①②の取扱いとなります(昭和48年12月1日保険発105号)
- 上記の被保険者に係る通勤災害については、労災保険の保険関係の成立の日前に発生したものは、健康保険の保険給付が行われる。
- ただし、事業主の申請により、保険関係成立の日から労災保険の通勤災害に関する保険給付が行われる場合は、①の限りでない。
②における「申請」は、健康保険でなく労災保険についての申請です。
②の通勤災害は、労災保険の保険関係の(成立の日前に発生したものでも)成立後に発生したとみなすため、労災保険から保険給付を行うことができます(昭和44年法律85号18条の3)
(労災の給付を受けることができる場合は、健保の給付は行わない となります)
健康保険の申請の受理

労災の請求を促し健保の給付を留保することと、健保の申請を受理しないことは区別が必要です。
また、労災保険からの支給を「請求した」と「受けることができる」も区別が必要です。
- 健康保険の被保険者は、労災保険の給付について請求している場合でも、健康保険の保険給付(療養費、傷病手当金等)を申請できます(平成24年6月20日事務連絡)
- 保険者は、業務災害・通勤災害と疑われる事案については、まずは労災保険の請求を促し、健康保険からの保険給付を留保することはできます。ただし、留保するに当たっては、十分な配慮が必要です(平成25年8月14日事務連絡)
①については、次のような考え方となります(前掲事務連絡)
- 労災保険の給付について請求があった場合でも、業務上の事由と認められるとは限りません。
- また、健康保険は(原則として)業務外の疾病や負傷等に対して保険給付を行い、労災保険は業務上の疾病や負傷等に対し給付を行いますが、その条件に当てはまるかは、各制度が自らの判断により行うものです。
- そのため、保険者は、労災保険の認定が確定していないことを理由に、健康保険の保険給付の申請を受理しないことは認められません。
上記のとおり申請は可能となるため、健康保険の保険給付を受ける権利は、疾病や負傷が業務上の災害に当たるかの最終的な決定が行われているかにかかわらず、2年を経過したときに時効によって消滅します(前掲事務連絡)
(保険者が合理的な理由もなく申請を受理しなかったなどの特殊なケースは除きます)

つづいて、健康保険と介護保険との調整です。
被保険者に係る下表の保険給付は、同一の疾病又は負傷について、介護保険法の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わない(法55条3項)
- 療養の給付、入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費
- 訪問看護療養費
- 家族療養費、家族訪問看護療養費
「看護」は、健康保険法と介護保険法のいずれも保険給付の内容に含まれます。
「死亡」「出産」については、保険給付の視点からは介護保険と競合しないため調整の対象外です。

つづいて、健康保険と公費負担との調整です。
被保険者に係る次の保険給付は、同一の疾病又は負傷について、他の法令の規定により国又は地方公共団体の負担で療養又は療養費の支給を受けたときは、その限度において、行わない(法55条4項)
- 療養の給付、入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費
- 訪問看護療養費
- 移送費
- 家族療養費、家族訪問看護療養費、家族移送費
介護保険との調整と同様に、「死亡」「出産」についての保険給付は調整されません。
具体的には、感染症予防法に基づく医療や、災害救助法に基づく救助(医療も含まれます)がイメージしやすいでしょう。
なお、「公費負担の対象 = 費用の100%を公費で負担する」とは限りません。
他の法令による給付等との調整は以上です。
第三者行為に伴う損害賠償請求権
ここからは、被保険者又は被扶養者に対して行われる治療等の原因が、第三者の行為によって生じた場面を解説します。
(以降の規定は日雇特例被保険者に準用されています)

結論としては、第三者行為であっても、同一の保険事故に対して、賠償金と保険給付を二重に受けることはできません。
- 保険者は、給付事由が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付を行ったときは、その給付の価額(*1)の限度において、保険給付を受ける権利を有する者(被扶養者を含む。②において同じ)が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する(法57条1項)
- 給付事由が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付を受ける権利を有する者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、保険者は、その価額の限度において、保険給付を行う責めを免れる(法57条2項)
(*1)療養の給付を行ったときは、当該療養の給付に要する費用の額から一部負担金を控除した額
この記事では、①を代位取得、②を免責と表記しています。
簡単にいうと、代位取得は「保険給付が先」、免責は「損害賠償が先」です。
以降、保険給付を受ける権利を有する者と第三者との間で「損害賠償請求権は消滅していない」前提で解説します。
(示談をする場合は、各保険者の実務上の取扱いをご確認ください)

法57条に基づく代位取得は法律上の取得となるため、保険者が保険給付をしたときは、その給付の価額の限度において損害賠償請求権は当然に移転します(昭和31年11月7日保文発9218号)
つまり、一般の債権譲渡のように、第三者に対する通知又はその承諾は要件となりません(前掲通達)
過失割合に応じた求償
請求できる「権利」と、取得した「権利に基づき請求する額」は区別されます。
通達(昭和54年4月2日保険発24号)では、次のように示されています。
- 請求権
第三者行為により生じた保険事故につき保険者が代位取得する損害賠償請求権は、被害者の過失の有無によって影響を受けない。 - 請求権に基づき賠償を求める額
求償額については、被害者にも明らかに過失があるときは、代位取得した損害賠償請求額を被害者の過失割合に応じて減額して差し支えない。

第三者行為における保険給付と誓約書の関係は次のとおりです(平成26年3月31日保保発0331第1号)
- 加害者が保険者に対し損害賠償責任を負う旨を記した誓約書があることは、医療保険の給付を行うために必要な条件ではない。
- 犯罪の被害者である被保険者が当該誓約書を提出することがなくとも、医療保険の給付は行われる。
医療保険の保険者は、求償する相手先がない(加害者が不明など)や結果的に求償が困難である等を理由として、保険給付を行わない取扱いはできません(前掲通達)
保険給付の支給事由が第三者の行為によって生じた場合は、被保険者は、遅滞なく、次の事項を記載した届書(第三者行為による傷病届)を保険者に提出する必要があります(則65条ほか)
- 届出に係る事実
- 第三者の氏名及び住所又は居所(氏名又は住所若しくは居所が明らかでないときは、その旨)
- 被害の状況
なお、上記とは別段の定め(協会けんぽ においては厚生労働大臣の承認を要す)も可能となります(則111条)
実務(添付書類など)につきましては、各保険者の取扱いをご確認ください。
不正利得の徴収・返還
最後は、保険給付や診療報酬を不正に受けた場合(不正受給)の取扱いです。
(以降の規定は日雇特例被保険者に準用されています)

偽りその他不正の行為により受けた保険給付が「傷病手当金」又は「出産手当金」の場合には、次の徴収金(法58条1項)のみならず、法120条による給付制限(6か月以内の期間を定め、支給しない旨の決定)も対象です。
- 偽りその他不正の行為によって保険給付を受けた者があるときは、保険者は、その者からその給付の価額の全部又は一部を徴収することができる(法58条1項)
- ①の場合において、次のいずれかのため、その保険給付が行われたときは、保険者は、当該事業主、保険医又は主治の医師に対し、保険給付を受けた者に連帯して①の徴収金の納付を命ずることができる(法58条2項)
- 事業主が虚偽の報告又は証明をした
- 保険医療機関において診療に従事する保険医が、保険者に提出されるべき診断書に虚偽の記載をした
- 訪問看護療養費の規定(法88条1項)による主治の医師が、保険者に提出されるべき診断書に虚偽の記載をした
①における不正に受けた保険給付が「療養の給付」のときは、療養の給付に要する費用の額から一部負担金を控除した額を徴収します(法57条1項)
②については、共同行為者に対し、不正受給者に連帯して徴収金の負担を命じる趣旨です。
徴収金
直前の①②の徴収金は「健康保険法の規定による徴収金」となるため、期限までに納付しないときは延滞金が発生します(昭和32年9月2日保険発123号)
なお、②における「連帯して」の考え方は、民法における連帯債務と同様です(前掲通達)
全部又は一部を徴収することができる
法58条における「その給付の価額の全部又は一部を徴収することができる」の意味は、次のように示されています(前掲通達)
- 情状によっては一部だけを徴収してもよい趣旨ではない。
- 偽りその他不正の行為によって受けた分が、保険給付の一部であることが考えられるので、全部又は一部と(規定)した。
- 偽りその他不正の行為によって受けた分はすべて徴収する趣旨である。
つまり、「その給付の価額」は「不正に受けた価額」ではなく「保険給付(全体)の価額」を意味します。

最後は、診療報酬や調剤報酬の不正請求です。
保険者は、保険医療機関等が偽りその他不正の行為によって、次の保険給付に関する費用の支払を受けたときは、当該保険医療機関等に対し、その支払った額につき返還させるほか、その返還させる額に100分の40を乗じて得た額を支払わせることができる(法58条3項)
- 療養の給付、入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費
- 訪問看護療養費
- 家族療養費、家族訪問看護療養費
上記の「保険医療機関等」は、保険医療機関、保険薬局、指定訪問看護事業者をいいます。
この記事では、法58条3項に基づき返還させる額を「返還金」、返還金 × 40%を「加算金」と表記しています。
返還金(加算金を含む)
保険医療機関等による不正請求に対する「返還金(加算金を含む)」は、民法上の債権となるため、「健康保険法の規定による徴収金」に該当しません(平成30年4月27日事務連絡)
(徴収金と異なり、返還金、加算金については延滞金を徴収できません)
考え方としては、「診療報酬の請求権」は民法上の債権となるため、「その返還請求権」も民法上の債権です。なお、時効についても民法の規定が適用されます(前掲通達)
解説は以上です。
ここまでの解説を簡単に整理しておきます。
(日雇特例被保険者に係る保険給付との調整は省略します)
他の法令による給付等との調整
| 労災等 | 介護 | 公費 |
| 疾病、負傷、死亡 | 疾病、負傷 | 疾病、負傷 |
| 受けることができる場合 | 受けることができる場合 | 受けたとき |
| 行わない | 行わない | その限度において、行わない |
第三者行為
| 代位取得 | 免責 |
| 保険者が保険給付を行ったときは | 被害者が損害賠償を受けたときは |
| 保険者は | 保険者は |
| その(保険)給付の価額の限度で | その(損害賠償の)価額の限度で |
| 損害賠償の請求権を取得する | 保険給付を行う責めを免れる |
保険給付の不正受給
徴収金は「健康保険法上の徴収金」です。
| 不正受給者 | 共同不法行為者 |
| 不正行為によって保険給付を受けた者 | 不正受給者に加担した下記の者 事業主 保険医 主治の医師 |
| その給付の価額の全部又は一部を (不正に受けた部分の全部を) | 不正受給者に連帯して 徴収金の納付を |
| 徴収することができる | 命ずることができる |
診療報酬等の不正請求
返還金(加算金を含む)は「民法上の債権・債務」です。
| 不正請求者 |
| 保険給付に関する費用の支払を不正に受けた下記の者 保険医療機関 保険薬局 指定訪問看護事業者 |
| 次の①を返還させるほか、②を支払わせることができる ①その(不正に受けた)額 ②その返還させる額 × 40% |
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 健康保険法
- 昭和48年12月1日保険発105号(通勤災害の取扱いについて)
- 平成25年8月14日事務連絡(健康保険法の第1条(目的規定)等の改正に関するQ&Aについて)
- 平成24年6月20日事務連絡(労災保険給付の請求が行われている場合の健康保険の給付申請の取扱いについて)
- 昭和31年11月7日保文発9218号(健康保険法第六十七条の規定による損害賠償請求権の取得について)
- 昭和54年4月2日保険発24号(第三者行為により生じた保険事故の取扱いについて)
- 平成26年3月31日保保発0331第1号(犯罪被害による傷病の保険給付の取扱いについて)
- 昭和32年9月2日保険発123号(健康保険法の一部を改正する法律の疑義について)
- 平成30年4月27日事務連絡(「保険医療機関等の不正請求等に係る返還金に関するQ&A」の送付について)

