この記事では、健康保険法における保健事業及び福祉事業(法6章)を解説しています。
記事中の略語は、それぞれ次の意味で使用しています。
- 法 ⇒ 健康保険法
- 令 ⇒ 健康保険法施行令
- 則 ⇒ 健康保険法施行規則
- 保険者 ⇒ 協会けんぽ及び各健康保険組合
当記事は、条文等の趣旨に反するような極端な意訳には注意しておりますが、厳密な表現と異なる部分もございます。
詳しくは免責事項をご確認ください。
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保健事業及び福祉事業
みんなでお金を出し合ってリスクを分散させて共有する仕組みを「保険」、健康を保ったり向上させる取組を「保健」と考えると、勉強しやすいかもしれません。
- 保険者は、特定健康診査及び特定保健指導(以下、特定健康診査等)を行うものとする(法150条1項)
- 保険者は、被保険者及びその被扶養者(以下、被保険者等)の健康の保持増進のために必要な事業を行うように努めなければならない(法150条1項)
- 保険者は、被保険者等の療養若しくは療養環境の向上又は被保険者等の福祉の増進のために必要な事業を行うことができる(法150条5項)
①は義務、②は努力義務、③は任意です。
①〜③の事業の対象者は、被保険者等です(上記の被保険者には日雇特例被保険者も含まれます)
ただし、保険者は、①〜③の事業に支障がない場合に限り、被保険者等でない者にこれらの事業を利用させる(有料を含む)ことができます(法150条6項)
ちなみに、厚生労働大臣は、健康保険組合に対し、上記①~③の事業(則155条で定める範囲の事業)を行うよう命ずることが可能です(法150条7項)
以降、①〜③の事業(保健事業及び福祉事業)をそれぞれ解説します。

いわゆるメタボ健診(特定健診)とそれに伴う保健指導を定めた規定です。
特定健康診査、特定保健指導の定義は、高齢者医療確保法により定められています(同法18条1項ほか)
- 特定健康診査とは、糖尿病などの生活習慣病(高血圧症、脂質異常症、糖尿病その他の生活習慣病であって、内臓脂肪の蓄積に起因するもの)に関する健康診査をいう。
- 特定保健指導とは、特定健康診査の結果により健康の保持に努める必要がある者(対象者)に対し、保健指導に関する専門的知識及び技術を有する者(医師、保健師又は管理栄養士)が行う保健指導をいう。
保険者は、40歳以上の加入者(有効な日雇手帳を所持している日雇特例被保険者及びその被扶養者も含まれます)に対し、特定健康診査を行うことになっています(高齢者医療確保法7条、20条)
(すでに同様の診査を受けていて、その結果を提出した場合は、同じ診査を行う必要はありません)
特定健康診査の項目、特定保健指導の対象者など、特定健康診査等の実施に関しては、特定健康診査及び特定保健指導の実施に関する基準(平成19年厚生労働省令157号)が定められています。
実務(特定健診の実施機関や料金など)につきましては、各保険者の取扱いをご確認ください。

試験対策としての定義は下記になります。
保険者は、特定健康診査等を行うものとするほか、特定健康診査等以外の事業であって、健康教育、健康相談及び健康診査並びに健康管理及び疾病の予防に係る被保険者等の自助努力についての支援その他の被保険者等の健康の保持増進のために必要な事業を行うように努めなければならない。
上記の事業(以下、健康の保持増進の事業)を直感的に表現すると、「予防・健康づくりをサポートするための取組」といえます。
協会けんぽでは、生活習慣病予防健診(一般健診、子宮頸がん健診、若年層への一般健診、5年ごとの節目に受診できる健診)や人間ドック健診を実施し、その費用の一部を補助しています。
なお、具体的には各保険者の取扱いをご確認ください。
(協会けんぽの健診は、令和8年度、9年度にかけて拡充されます)
ちなみに、健康の保持増進の事業に関しては、厚生労働大臣により指針が公表されています(法150条8項、平成16年7月30日厚労告308号)
健康診断に関する記録の写しの提供
(労働安全衛生法を安衛法と表記しています)
- 保険者は、健康の保持増進の事業を行うに当たって必要がある(と認める)ときは、被保険者等を使用している事業者等又は使用していた事業者等に対し、健康診断に関する記録の写しの提供を求めることができる(法150条2項)
- ①により、記録の写しの提供を求められた事業者等は、当該記録の写しを提供しなければならない(法150条3項)
- 保険者は、健康の保持増進の事業を行うに当たっては、医療保険等関連情報、②により事業者等から提供を受けた記録の写しその他必要な情報を活用し、適切かつ有効に行うものとする(法150条4項)
「事業者等」とは、安衛法その他の法令に基づき健康診断(特定健康診査に相当する項目を実施するものに限る)を実施する責務を有する者(*1)をいいます(法150条2項)
(*1)厳密には、実施する責務を有していなくとも特定健診に相当する項目の健康診断を実施している者および船舶所有者を含みます(則153条の3第1項)
「健康診断に関する記録の写し」とは、安衛法その他の法令に基づき事業者等が保存している、被保険者等に係る健康診断に関する記録の写し(*2)をいいます(法150条2項)
(*2)厳密には、この記録の写しに準ずるもの(安衛法その他の法令に基づき当該事業者等が保存しているもの以外)も含まれます(則153条の3第2項)
個人情報保護法との関係は、下記に整理しておきます。
- 個人情報取扱事業者(個人情報を含む情報のデータベースを事業で利用している者)は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはなりません(個人情報保護法27条1項)
- ただし、法令に基づく場合(健康保険法も含まれます)は、上記の「第三者提供の制限」は適用されません(個人情報保護法27条1項1号)
- そのため、被保険者等の同意を得ずに(健康保険法に基づいて)健康診断に関する記録の写しを提供をしても、事業者等は個人情報保護法27条1項に違反しません。
協会けんぽでは、提供された情報を「特定保健指導」や「治療が必要な方への医療機関への受診の勧奨」に使用しているようです。
ちなみに、高齢者医療確保法の側では、特定健康診査等の実施のため、保険者が事業者等に対し、加入者に係る健康診断に関する記録の写しの提供を求めることを可能とする(及び求められたら提供しなければならない)旨の規定が定められています(高齢者医療確保法27条3項、4項)

試験対策としての定義は下記になります。
保険者は、被保険者等の療養のために必要な費用に係る資金若しくは用具の貸付けその他の被保険者等の療養若しくは療養環境の向上又は被保険者等の出産のために必要な費用に係る資金の貸付けその他の被保険者等の福祉の増進のために必要な事業を行うことができる。
協会けんぽでは、高額医療費貸付制度(支給見込額の8割相当額を無利子で貸付ける制度)や、出産費貸付制度(出産育児一時金又は家族出産育児一時金の支給までの間、一時金の8割相当額を限度に無利子で貸付ける制度)が実施されています。
(具体的には、各保険者における取扱いをご確認ください)
保健事業及び福祉事業の解説は以上です。
匿名診療等関連情報

ここからは、匿名診療等関連情報の利用・提供を解説します。
「診療等関連情報」とは、病院に入院する患者に提供する医療の内容その他の厚生労働大臣が定める情報をいいます(法77条3項、令和2年9月30日厚労告338号)
「匿名診療等関連情報」とは、次のいずれもできないよう法令に基づき加工された診療等関連情報をいいます(法150条の2、則155条の2)
- 診療等関連情報に係る特定の者(被保険者等のほか、その者を診察した医師又は歯科医師も含まれます)を識別する
- その作成に用いる診療等関連情報を復元する
相当の公益性を有する業務(疾病の予防、治療方法に関する研究等)にて、匿名診療等関連情報を利用できるよう、制度化されています。
(さらに他の匿名情報と連結して、いわゆるビッグデータの分析を可能としています)

厚生労働大臣は、国民保健の向上に資するため、匿名診療等関連情報を利用し、又は次の①~③の者であって相当の公益性を有する業務(それぞれ①~③に定める業務)を行うものに提供することができます(法150条の2第1項)
- 国の他の行政機関及び地方公共団体
適正な保健医療サービスの提供に資する施策の企画及び立案に関する調査 - 大学その他の研究機関
疾病の原因並びに疾病の予防、診断及び治療の方法に関する研究その他の公衆衛生の向上及び増進に関する研究 - 民間事業者等
医療分野の研究開発に資する分析その他の厚生労働省令(則155条の6)で定める業務
③の民間事業者等には、地方公共団体等からの補助金や助成金を充てて、医療分野の研究開発に資する分析であって一定の範囲の業務を行う個人も含まれます(則155条の5)
なお、特定の商品又は役務の広告又は宣伝に利用するために行うものは、③の業務から除かれています(法150条の2第1項3号)
また、健康保険法、統計法、個人情報保護法等に違反し、罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり5年を経過しない者や、匿名診療等関連情報を利用して不適切な行為をしたことがある者など欠格事由に該当する者は、③の民間事業者等から除外されます(則155条の5)
提供の手続
- 匿名診療等関連情報の提供を受けようとする者は、提供申出書に必要な資料を添付して、厚生労働大臣に提出し、提供の申出をしなければならない(則155条の4)
- 厚生労働大臣は、匿名診療等関連情報を提供しようとする場合には、あらかじめ、社会保障審議会の意見を聴かなければならない(法150条の2第3項)
「申出書に必要事項を記載して提出すればOK」というものではなく、事前相談を経た上で書類を提出し、専門委員会の審査を踏まえて情報提供の可否が(審議会ではなく厚生労働大臣により)決定されます。
匿名診療等関連情報の提供を受け、これを利用する者を「匿名診療等関連情報利用者」といいます(法150条の3)
事務の委託
厚生労働大臣は、匿名診療等関連情報の利用又は提供に係る事務の全部又は一部を、次の①~③(以下、基金等)に委託することができます(法150条の9、則155条の9)
- 社会保険診療報酬支払基金
- 国保連合会
- その他当該事務を適切に行うことができる者として厚生労働大臣が認めた者

(健康保険法の匿名診療等関連情報と他の法令における匿名情報とを結びつけ、より広範な分析を可能としています)
厚生労働大臣は、匿名診療等関連情報(健康保険法の匿名情報)を次の①②と連結して、利用又は提供を行うことができます(法150条の2第2項)
- 匿名医療保険等関連情報(高齢者医療確保法16条の2第1項)
- 匿名介護保険等関連情報(介護保険法118条の3第1項)
また、上記①②のほか、匿名診療等関連情報(健康保険法の匿名情報)を次の匿名情報と連結して、利用又は提供を行うことも可能です(則155条の4第3項、則155条の7)
- 匿名小児慢性特定疾病関連情報(児童福祉法21条の4の2第1項)
- 匿名障害児福祉等関連情報(児童福祉法33条の23の3第1項)
- 匿名感染症関連情報(感染症法56条の41第1項)
- 匿名障害福祉等関連情報(障害者総合支援法89条の2の3第1項)
- 匿名指定難病関連情報(難病医療法27条の2第1項)
- 匿名加工医療情報(次世代医療基盤法2条6項。いわゆる次世代DB)
参考|厚生労働省(外部サイトへのリンク)|【NDB】匿名医療保険等関連情報データベースの利用に関するホームページ
以降は、匿名情報の連結から離れ、匿名診療等関連情報(健康保険法)の話に戻ります。
- 匿名診療等関連情報利用者は、実費を勘案して定める額の手数料を国(厚生労働大臣からの委託を受けて、基金等が匿名診療等関連情報の提供に係る事務の全部を行う場合にあっては、基金等)に納めなければならない(法150条の10第1項)
- ①の手数料の額は、匿名診療等関連情報の提供に要する時間1時間までごとに4,350円とする(令44条の2第1項)
なお、都道府県その他の国民保健の向上のために特に重要な役割を果たす者として政令(令44条の3)で定める者については、申請により、手数料が免除されます(法150条の10第2項、令44条の3第2項、3項)
(大学その他の研究機関、民間事業者等についても、一定の場合には手数料免除の対象です)
匿名診療等関連情報利用者に対しては、各種の義務が定められています。
匿名診療等関連情報利用者は、匿名診療等関連情報を取り扱うに当たっては、当該匿名診療等関連情報の作成に用いられた診療等関連情報に係る本人を識別するために、当該診療等関連情報から削除された記述等(文書、図画若しくは電磁的記録に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項をいう)若しくは匿名診療等関連情報の作成に用いられた加工の方法に関する情報を取得し、又は当該匿名診療等関連情報を他の情報と照合してはならない。
匿名診療等関連情報利用者は、提供を受けた匿名診療等関連情報を利用する必要がなくなったときは、遅滞なく、当該匿名診療等関連情報を消去しなければならない。
匿名診療等関連情報利用者は、匿名診療等関連情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の当該匿名診療等関連情報の安全管理のために必要かつ適切なものとして厚生労働省令で定める措置を講じなければならない。
例えば、次の措置(一部を抜粋)を講じる必要があります(則155条の8)
- 匿名診療等関連情報の適正管理に係る基本方針を定める
- 匿名診療等関連情報の取扱いに係る機器の盗難等の防止のための措置
- 不正アクセス行為を防止するための適切な措置
匿名診療等関連情報利用者又は匿名診療等関連情報利用者であった者は、匿名診療等関連情報の利用に関して知り得た匿名診療等関連情報の内容をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に利用してはならない。
匿名診療等関連情報の利用に関して知り得た匿名診療等関連情報の内容をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に利用したときは、1年以下の拘禁刑若しくは50万円以下の罰金、又はこれの併科の対象です(法207条の3第1項)
なお、上記の罰則は、日本国外において罪を犯した者にも適用されます(法213条の4)
- 厚生労働大臣は、健康保険法6章の規定の施行に必要な限度において、匿名診療等関連情報利用者(国の他の行政機関を除く。以下同じ)に対し報告若しくは帳簿書類の提出若しくは提示を命じ、又は当該職員に匿名診療等関連情報利用者の事務所その他の事業所に立ち入って関係者に質問させ、若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる(法150条の7第1項)
- 厚生労働大臣は、匿名診療等関連情報利用者が法150条の3〜6(前述の利用者の義務等を参照)に違反していると認めるときは、その者に対し、当該違反を是正するため必要な措置をとるべきことを命ずることができる(法150条の8)
(もちろん、①の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはなりません)
①に対する違反(虚偽の報告、質問検査の拒否等)は、50万円以下の罰金の対象です(法213条の2第1項)
②の命令に違反したときは、1年以下の拘禁刑若しくは50万円以下の罰金、又はこれの併科の対象です(法207条の3第1項)
なお、②の命令に違反したときの罰則は、日本国外において罪を犯した者にも適用されます(法213条の4)
解説は以上です。
匿名診療等関連情報の提供(他の匿名情報との連結)は、匿名情報の性質やその活用先から、いっそう整備が進むと考えられます。
社労士試験でも令和6年に出題されているため、基本的な内容は把握しておいて損はないでしょう。
(手数料1時間あたり4,350円を出題するとは、作問者も手厳しいですね…)
(参考資料等)
厚生労働省|厚生労働省法令等データベースサービスより|https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/kensaku/index.html
- 健康保険法
- 健康保険法に基づく保健事業の実施等に関する指針
- 高齢者の医療の確保に関する法律
- 特定健康診査及び特定保健指導の実施に関する基準

